PERMINUTEと時間②-2

前回からだいぶ時間があいてしまいました。

COVID-19の影響で皆さんイレギュラーで不安な日々をお過ごしのことと思います。

どうか安全に…

さて、20ssの解説も終わらないうちに20awが始まってしまいました。懲りずにssの続きを書き連ねていこうと思います。

前回までに文字に対する僕の視座についてフィーチャーしていきましたが、ここからはさらに別な角度から(とても個人的な内容なのですが)紐解いていきましょう。

まず、20ssを取り巻いていた環境について。(画像は毎度インビテーションを作ってくれている浅田農さんによるものです。今までの中でも特にお気に入り。)

前回はファッションウィーク、つまり10月3週目~4週目あたりから1ヶ月近く時期を遅らせ、さらに場所も渋谷原宿エリアから程遠い早稲田の一軒家をお借りしての発表でした。

本来、発表時期をずらしたり、アクセスの悪い場所での発表はネガティブに見られがちなのが実情です。

様々な要因が重なってこのような形になったのですが、ぼくのマインドは割とポジティブだったように思います。

家で展示会をすることはもちろん当時は意識していなかったのですが、昨今のコロナウイルスに伴う混乱の暗示のような気がしていて少し気味が悪いですね。

当時、ひとのお宅で発表したいと思ったきっかけがあります。

J.S.ユイスマンスというデカダンス小説の御大と呼ばれる作家の『さかしま』(1884年)という作品がなぜか心に残ったからでした。

主人公のデ=ゼッサントは貴族の末裔で、遺産を食いつぶしながら生きているのですが、ある時世俗的な社交界を毛嫌いするようになりやがて自己の領域に引きこもるようになります。

めちゃくちゃ根暗じゃん、と思うのですが彼がすごいのはここから。

彼は並外れた色彩感覚と審美眼で以て、部屋のあらゆる調度品をコーディネートすることに集中し始めます。それはまるで人工楽園のように美しく、究極的なユートピアの発露の場でした。

特に色の描写が素晴らしく、

「青は蝋燭の光で見ると、不自然な緑色をおびる。コバルトや藍は黒になる。 明るい色は灰色に近づく。 トルコ玉のような暖かく柔らかい色は、艶を失い冷たくなるという。 彼はオレンジが好きで、蝋燭の光であらゆるニュアンスを研究し、最高のオレンジを発見する。 もちろんその色は居間に使われる。 鏡板には藍色の塗料を塗らせ、藍色はオレンジ色に支えられ温められたかのような不動なブルーになる。 逆にオレンジ色は青色の激しい息吹きによって強調されお互いに混濁するでもなく、 各々の自己の領域を守ると言った具合だ。 」

ここで表現される色の多くは数値やデータでは測れないけど、読み手に鮮明に想像させますね。

ちなみにこの本を翻訳した小説家、澁澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』に有名な一節があります。

「病める貝の吐き出した美しい異物、それが真珠です。」

デ=ゼッサントの所業もまるでこの通りだなと。文化の中心パリを離れ、さらに没落したことへの後ろめたさや体の不調があったからこそ、その救いの場としてのユートピアへの導線が引かれている様子が想像できます。

まるで祈るかのように隠遁する彼は痛々しくもあり(実際この生活は破綻していきます。諸行無常…)同時にとても無邪気で人間らしい行為なのではと思うようになりました。

スタンドバイミーの冒頭も家の下に秘密基地作ったりしているし、イングランドのパンクバンドCLASSのメンバーもかつてはDIAL HOUSEと呼ばれる自給自足の家で共同生活を送っていたことも連想されます。

東京は確かに便利だけれども、自分の生活に根ざしているか、その便利さにかまけていないか、そんなことを考えている時期でした。

そんな時に偶然見つけたのが早稲田の一軒家。地下スペースというだけでロマンを感じてしまい下見を経て即決。

コレクションは服そのものだけじゃなく、そこに至るまでの導線や時間、その日何を食べてきたかなど様々な要因が複雑に絡み合って味わわれるものです。

不確定要素の多さを僕自身も楽しみたいからこそのチャレンジでした。

才能のあるアーティストの多くが命を落としてきた27歳を迎え、それに重なるように訪れた大殺界。満身創痍の僕にできる精いっぱいなコレクションだったと今振り返ると思ったりもします。